「08年3・14」にあたって

08年3月

(1)3・14復讐戦を否定した革共同

 本多延嘉革共同書記長が反革命カクマルによって虐殺されて33年を迎えた今日、関西における06年3・14クーデターからわずか2年の間に、革共同は「党の革命」「階級的労働運動路線―動労千葉労働運動への特化路線」「血債主義・糾弾主義粉砕」の名のもとに急速に言語に絶する変質と変貌を遂げた。
 それを最も端的に示すものこそ、今の革共同においては、3・14復讐戦貫徹=総反攻完遂・カクマル完全打倒の戦いがまったく位置づけられもせず、一顧だにされていないことである。本多延嘉同志という党の創設者の生きざまと、彼がカクマル白色テロ集団によって虐殺された現実をどうのりこえるかについてまったく考えることもしないということは、じつに重大な問題を提起している。なぜなら、それは、反帝国主義・反スターリン主義世界革命を掲げた革共同の創設およびカクマルとの第三次分裂、反革命カクマルとの内戦の意味と意義などもはやどうでもいいとすることなのだからである。
 現在の革共同が、その思想性や組織原理において、ほとんど黒田カクマルと変わりない姿をさらけ出していることと、3・14復讐戦の否定は表裏一体である。

(2)革共同の党内は粛清に次ぐ粛清の嵐

 3・14関西クーデター以後、2年もたたないうちに、革共同政治局は、政治局員の4人を除名、3人を解任・更迭するというかつてない大粛清を行い、それと並行して6人の政治局員を新任するという異様な組織状況にある(そのうち、3・14クーデターの首謀者として新関西地方委議長になり、中野洋氏や天田三紀夫氏らが持ち上げて政治局員に新任した塩川氏についてはわずか1年5ヶ月後に除名)。この間、彼らは、民主的手続きを無視した恣意的な選別的招集による拡大全国委員会総会を3回開き、その一方で党大会を1回も開いていない。それは、「プロレタリア独裁党」(06年第22回全国委員会総会での大原武史報告)と意義付与した中野氏・大原氏専制支配を強行するために、政治局において文字通りの血の入れ替えを行うものであった。
 その中野氏・大原氏専制支配を支え抜くと誓っているのが清水丈夫氏であり、彼はそのことで議長職にとどめ置かれている。清水氏の自己保身ぶりはあまりに卑劣、最低であり、その御用イデオローグとしての振る舞いは最も悪質な組織的役割を担うものとなっている。
 さらに除名に付したのは、06年には、大阪府委員長、関西地方委○○責任者、関東部落解放闘争委員会責任者、九州地方委員会議長(議長だけでなく同時に九州地方委のほとんどの党員を丸ごと排斥した)、07年には、2人の杉並区議(現職と前職)、そして関西地方委書記長(兵庫県委員長)、加えて中四国地方委員会の10人(部落解放闘争委員会責任者、2つの県委員会の県委員長を始め部落解放戦線や教労戦線など)、他の地方委員会で1人の計18人である。明らかにされただけで除名者は総計22人に上る。
 それに加えて、昨年末から今年にかけては、百万人署名運動担当(改憲阻止闘争担当)常任、三里塚現闘責任者を問答無用に解任し、党員権利停止処分や活動停止処分にした。さらに、入管戦線、反軍戦線、「障害者」解放戦線などで活動停止処分や党員権停止処分を次々と矢継ぎ早にかけている。○○地方委に対しては、また別の形で統制処分と組織分裂を推し進めている。
 実質的な除名追放者および統制処分者はもっと多い。
 とりわけ革共同政治局が07年に引き起こしたことは、一方では、最大の地方組織である関西との組織的分裂である。関西地方委(塩川議長)に対して先制的に分裂策動を繰り出し、関西地方委をまるごと追放し(その数は約○○○人にのぼる)、それに対立させて中央忠誠派の関西地方委(萩原議長)を組織した。
 他方では、広島での部落差別問題を引き起こし、それを開き直って、部落解放戦線の同志たちを組織的・集団的に排斥した。彼らは、「党内の部落差別を問題にするな。部落出身者であることを忘れて党員としての立場に立て」(清水氏執筆の「07年7月テーゼ」の本旨)と恫喝し、それへの怒りの批判を封殺したのである。
 その過程は、階級的労働運動路線と称して、「労働運動の力で革命をやろう」「動労千葉労働運動に特化せよ」「血債主義・糾弾主義を粉砕せよ」「これを認めないのは反党分子である」「塩川一派【実はすべての反中央派・反革共同派を指す】を打倒せよ」というスローガンを基本路線にまつりあげる過程であった。それを党中央に忠誠するか否かを振り分ける組織的鉄則にしているありさまである。しかも、それ以外に、路線とか綱領とか言えるものは何もないのである。
 今、そうした革共同の党内を支配する空気はどのようなものか。それは、“党員である以上は中野氏・大原氏専制支配に恭順の意を表し階級的労働運動路線を声高に唱えよ”“清水丈夫氏が率先してそうしているのだから見習え”“さもなければいつでも除名するぞ”“反党分子に誰が内通しているか密告せよ”……というものである。党員に対して革命家としての主体性を捨てよ、共産主義の魂を売れということを、事あるごとに強要しているのである。それこそ、もはや革命党たりえない、恐怖政治支配と監視社会化・密告社会化の組織となっている。そこでは、反スターリン主義・革命的共産主義運動の立脚点も、共産主義的思想性も、階級的主体性も、一切認められていない。  そうした粛清・排斥とそれによる党内恐怖政治支配に対して、怒り、見限って自ら脱党する人々が相次いでおり、その数はすでに三桁に上る。

(3)闘う労働者人民と自らを切断し、大衆運動を破壊する組織に

 そこにはあまりにも多くのかつ深刻な諸問題が重畳的にはらまれている。この問題の解明は必須の課題であるが、なお思考途上であり、別の機会にせざるをえない。
 だが、(a)革共同の今日の変質・変貌はなぜ起こったのか、その歪みはいつからか、どのような主客の条件の中でなのか、どのような過程をとって今日に至ったのか、あるいは、(b)06年3・14クーデターの本質=狙いやその動機・要因は何であったのか、いわゆる与田問題とは何であり、与田問題の根拠をえぐり出して解決・止揚する組織的努力は果たして行われたのか、さらにまた、(c)清水氏・中野氏主導による91年5月テーゼ転換はどのような位置と意味を持っていたのか、さかのぼって(d)本多書記長が生きて闘っていた最後の瞬間において、革共同は、対カクマル戦を激烈に闘いつつ次にどこに向かってどう闘わんとしていたのであったか、後継本多体制としての清水氏中心の政治局はその指導構想を継承したのかそれとも歪めたのか……などについて、自らの恥をさらけ出し、誤りを主体的に切開して、検証し、明らかにするものでなければならない。
 重要なことは、二重対峙・対カクマル戦を死力を尽くして闘い抜いた革共同における党内闘争の全過程は、組織機密の名によって隠蔽されてはならず、歴史と階級の前に率直に提出され、その厳しい審判を受けなければならないということである。それがどんなに苦しくとも……。
 なぜなら、これは誰か個人がやるものでも、できるものでもなく、反スターリン主義・革命的共産主義運動に一身を投げ出してあらゆる犠牲と困難を引き受けて闘ってきた同志たち、対権力・対カクマルの内戦の闘い半ばで無念にも斃れた同志たち、同時代の党派の違いを超えた幾多の仲間たちとの、これは共同の作業であるからである。

(4)革共同の変質・変貌はなぜ起こったか

 そこにはあまりにも多くのかつ深刻な諸問題が重畳的にはらまれている。この問題の解明は必須の課題であるが、なお思考途上であり、別の機会にせざるをえない。
 だが、(a)革共同の今日の変質・変貌はなぜ起こったのか、その歪みはいつからか、どのような主客の条件の中でなのか、どのような過程をとって今日に至ったのか、あるいは、(b)06年3・14クーデターの本質=狙いやその動機・要因は何であったのか、いわゆる与田問題とは何であり、与田問題の根拠をえぐり出して解決・止揚する組織的努力は果たして行われたのか、さらにまた、(c)清水氏・中野氏主導による91年5月テーゼ転換はどのような位置と意味を持っていたのか、さかのぼって(d)本多書記長が生きて闘っていた最後の瞬間において、革共同は、対カクマル戦を激烈に闘いつつ次にどこに向かってどう闘わんとしていたのであったか、後継本多体制としての清水氏中心の政治局はその指導構想を継承したのかそれとも歪めたのか……などについて、自らの恥をさらけ出し、誤りを主体的に切開して、検証し、明らかにするものでなければならない。
 重要なことは、二重対峙・対カクマル戦を死力を尽くして闘い抜いた革共同における党内闘争の全過程は、組織機密の名によって隠蔽されてはならず、歴史と階級の前に率直に提出され、その厳しい審判を受けなければならないということである。それがどんなに苦しくとも……。
 なぜなら、これは誰か個人がやるものでも、できるものでもなく、反スターリン主義・革命的共産主義運動に一身を投げ出してあらゆる犠牲と困難を引き受けて闘ってきた同志たち、対権力・対カクマルの内戦の闘い半ばで無念にも斃れた同志たち、同時代の党派の違いを超えた幾多の仲間たちとの、これは共同の作業であるからである。

(5)何が問われているのか

 革共同は、59年の同全国委員会創設と60年代以来、国際スターリン主義・日共スターリン主義をのりこえ、黒田カクマルと真っ向から対決して革命的左翼の主流派として日本階級闘争を牽引し支えてきた党であったはずである。その革共同が、党内で「06年3・14クーデター是認」をもって粛清の嵐を吹かせ、恐怖政治支配のみの組織運営にきゅうきゅうとする組織となっている。さらに対外的にも、多くの共闘団体との信義と連帯の関係を踏みつぶしてはばからない組織になり果てている。彼らはそれを「党の革命」と称しており、現下の階級闘争の切実で緊迫した戦略的任務や具体的課題をそっちのけで、ただただ「党の革命をやることが革命闘争である」という、180度観念的に転倒した組織へと純化している。その組織的独善化と政治的・思想的腐敗はあまりにも根深い。
 革共同は、今や自ら進んで政治的孤立の淵へと突き進み、階級闘争からの退却者集団、プロレタリア革命闘争の妨害物、排外主義・差別主義集団へと転落している。それはもはや左翼とはみなすことができない。中野カルト集団と言う他はない。
 このことは、戦後日本革命運動史を貫いてきた革命的左翼の運動いわゆる新左翼運動を瓦解させるものである。とてつもなく重大な歴史的裏切りと言わなければならない。このことは、9・11情勢下にあって帝国主義侵略戦争と9条改憲と労働破壊・生活破壊の大攻撃に直面する日本階級闘争にすさまじい主体的困難を強制するものである。それゆえ、革共同に指導的にかかわってきたすべての者たちは、革共同の現在の腐敗した惨状を労働者階級人民・被差別人民と被抑圧民族に心底から謝罪し、真剣に自己批判しなければならない。  そうである以上、今のままの革共同は解体されなければならない。そうした革共同が存在し続けること自体が世界革命運動に害をなすことが、明らかになっているのではないのか。
 現代世界に階級矛盾・民族矛盾がある以上、労働者階級人民・被差別人民と被抑圧民族の怒りに満ちた大衆運動・革命戦争は抑えがたく湧き起こる。その先頭に立つことで、新たな世界革命運動の奔流をつくり出さなければならない。その鉄火の中でだけ、腐り果てた革共同を歴史の屑籠に投げ捨てることも、世界史の試練に耐えうる思想・組織論・綱領をつかみとることもできる。  今はまだ未定形であるが、かの本多精神を21世紀現代に生き生きと蘇らせること、すなわち本多書記長を超えて、本多書記長を先頭とする革共同がなそうとしてなしとげえなかった新しい革命闘争を創造する事業に挑戦することを肝に銘じなければならない。
 皆おのおのの「3・14=33年目」の思いを胸に、ともに進撃していこう。

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